登山初心者の僕がボリビアの標高6088mのワイナポトシを登った話

僕はそのとき標高6088mの雪山の頂上に立っていた。

気付けば僕は泣いていた。

自然に流れる涙が雪に落ち、氷になった。

 

冷たさと疲労で手足の感覚はない。

何もない「そこ」にあったのは

自分を飲み込むような絶景と静寂だった。

 

はるか遠い地平線から太陽が顔を出す。

太陽に照らされた大地は赤く輝き

朝の始まりを告げる。

 

 

そのときたしかに僕は「そこ」にいた。

 

 

南米ボリビア首都 ラパス

標高6000m以上の雪山に「気軽」に挑戦できるということで、山好きたちが集まる。

というのも2泊3日の登頂ツアーで、たった13,000円しかしないのだ。

これに、ガイドも宿も食事もレンタルウェアもすべて含まれる。

 

僕はさっそくラパスの旅行会社で申し込んだ。

「明日の朝集合してくれ」そう言われて集合場所を確認する。

いよいよ6088mの登山が始まるのだ。

 

次の日、集合場所に6人集まった。

国もバラバラで、全員登山初心者の旅人だった。

ハイエースに乗り込み、目的地のワイナポトシベースキャンプに向かう。

 

目的地につくと、そこには6000mの山がそびえ立っていた。

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Photo by markg6

「これ、頂上までほんまに登れんの?!」

想像以上の高さに圧倒された。

でも「やるしかない。」

 

1日目

高地に慣れる為のトレーンングがあった。

ここで、ピッケル(雪山を登る時に使うオノみたいなもの)と、アイゼン(ブーツに取り付ける鉄の爪)の使い方を教わる。

そして、このトレーニングで最も大切なことを学ぶ。

 

「命綱」である。

 

ワイナポトシを登る時は必ずガイドと命綱で結ばれて登る。

もし一人が転げ落ちても、もう一人が助けることができるからだ。

 

このガイドと登山者がつながれるロープがまさに「命綱」なのだ。

 

「もし誰か1人が落ちた時は、全力でピッケルを雪に刺して、足で踏ん張るんだ!」

 

ガイドの声とともに、一人が転げ落ち、それを残りの二人で支える練習をする。

本番ではアクシデントが起こらないことを願った。

 

この時点で標高4800m

富士山の頂上よりも1000mも高い。

 

身体に酸素を届けようと、心臓がドクドクと血液を送り出す。

 

宿に戻ると暖かいコーヒーが用意されていた。

食事を済まし9時に寝た。

 

標高4800mは、息苦しく、そして寒い。

 

2日目

寒さで目がさめる。

あたりはまだ薄暗い。

寝袋から出たくない思いとはうらはらに、トイレに行きたくて仕方なく起きる。

 

朝食に暖かいスープとパンを食べる。

冷えた体にスープが染みわたる。

 

この日は、初日のベースキャンプから標高5200mの最終ベースキャンプまで歩く。

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一緒に命綱をつけて登る相方のプッチャーと共に最終ベースキャンプを目指す。

 

最終ベースキャンプまでの道のりは急な砂利道で、滑る。

雪山登山に必要な道具を担いでいるので、かなりしんどい。

標高も高くなり、徐々に酸素も薄くなる。

「ハーハーハー」と思いきり息を吸って思いきり吐き出す。

どんなに呼吸をしても、うまく酸素を吸収できない。

 

2時間ほど登っただろうか。

何度も休憩しながらようやく最終ベースキャンプにたどり着いた。

狭い部屋に敷き詰められたカビぽいベットに寝袋を引く。

 

夕食は肉のスープとご飯。

疲れた体に暖かいご飯がしみわたった。

 

しばらくして、明日の予定をガイドが伝えた。

「今日の夜中0時に起きて準備をする。準備ができたら、少しの朝食をとる。あまりたくさん食べ過ぎないように!それから全ての道具を持って1時から山に登る!いいな?」

うん。と皆がうなずく。

 

ガイドはさらに続ける。

「俺たちは3人1組で行く。もし君たち2人のうち1人でもリタイアしたら、すぐにベースキャンプに戻る。たとえ、もう一人が大丈夫でも。いいな?」

うん。とお互いのバディーの顔を見合わせながら皆がうなずく。

 

「もし今晩の時点で頭痛や腹痛があるようなら、最終アタックは無理だ。ここに残れ。ワイナポトシを登るのは簡単なことじゃない。登頂成功率は50%くらいだ。」

少しの静寂の後、皆がうなずく。

 

「よし!明日は早い。18時には寝るように!」

 

寝袋に入っても眠れない。

標高のせいか、緊張のせいか、

心臓がずっとドクドクなっているのがわかる。

 

「やるしかない。」

 

しばらくして僕は浅い眠りについた。

 

3日目

 目が覚めて外に出るとそこには満点の星空があった。

月明かりがワイナポトシを不気味に照らしている。

 

最終アタック前のブレイクタイムに暖かいコカ茶を飲む。

コカの葉の独特な苦みが体にしみわたる。

 

「今から山に登る。準備はいいか?体調の悪いやつはいないか?」

ガイドのルシオは言った。

「大丈夫だ!」

そう言って僕とプッチャーはハイタッチをした。

 

深夜1:20

ワイナポトシ最終アタック開始

 

 

月が隠れた空は星だけになり、雪山は不気味な闇に包まれる。

 

命綱であるロープをガイドのルシオと僕とプッチャーの3人で結ぶ。

これからは三人一組だ。 

「カチャっ」というロープのとめ具の音とともに、3人の命が繋がれた。

 

「さあ、行こう。6088mの頂を目指して」

 

雪の山をゆっくりゆっくり歩き出す。

一歩一歩、雪の感覚を確かめながら。

 

 

「ザクっザクっザクっ」

雪にアイゼンが突き刺さる音がする。

その音に合わせるかのように「はぁーはぁー」と息が上がる。

規則的に出される白い息は、ヘッドライトに照らされ暗闇の中でゆらゆら揺れる。

 

30分ほど歩き、始めの休憩をとる。

水を飲んだり、チョコを食べる。

「今どれくらいだ?」と、イギリス人のプッチャーがガイドのルシオに聞く。

「100mは登ったな。」と、ルシオは答えた。

「これだけ必死に登ったのにまだ100mか…」

しばらく絶望するも、今は前を前を見て登るしかない。

頂上まであと866m

 

 

「ザクっザクっザクっ」

どれくらい進んだろうか。

ここはどこだろうか。

遠くの方にラパスの町の夜景が輝いている。

その素晴らしく綺麗な夜景に見とれる暇もなく、ただ歩き続ける。

一歩一歩。

 

 

「ザクっザクっザクっ」

どれくらい歩いただろうか。

かなりの急斜面が僕たちの行く手をはばむ。

ピッケルを思い切り雪に刺しながら、アイゼンをしっかりと雪に刺しながら、上へ上へと進む。

ゆっくり、ゆっくり、足場を確かめながら登る。

一歩一歩。

 

 

「ザクっザクっザクっ」

どれくらい経っただろうか。

どれくらい歩いただろうか。

記憶していない。

ただ覚えているのは、

ただただ必死に前を向いて、歩いていただけだ。

「ここがどこか」なんて考える必要はない。

ただ歩き続けるだけだ。

一歩一歩。

 

 

「ザクっザクっザクっ」

どれくらい登っただろう。

二人の疲労もかなり溜まっていた。

プッチャーはいつも「疲れた、疲れた」と言っていた。

後ろのプッチャーをロープで引っ張るように僕は歩いた。

 

しばらくして目の前に岩の壁のようなものが見えた。

その上の先には間違いなく「ワイナポトシの頂上」があった。

この時点で標高5900m

 

4時間ほどかけてベースキャンプからここまで来た。

あと、188mで頂上。

しかし、このたった200m弱の道を見てがく然とした。

急な斜面は覚悟していたが、

「崖に雪が残っているだけ」の道だった。

 

少し休憩した後、ルシオは言う。

「今からここを行くが、疲れてないか?」

僕とプッチャーは顔を見合わせてうなずく。

 

「行こう。」

 

 

道はすぐに経験したことのない急斜面に直面する。

必死でピッケルを雪に食い込ませ、全身の力で登って行く。

この時プッチャーはなかなか登ることができない。

彼はかなり疲れているように見えた。

 

プッチャーがなんとかその斜面を登ったところでルシオは言った。

“Go down”

一瞬、時が止まり、言葉の意味を受け入れられなかった。

少しして脳が意味を理解し、口から自然に言葉が出た。

“No”

「なんでだよ!!ここまで来たのに!!もう少しで頂上なのに!!帰れるはずないだろ!!」

「まだいけるよな、プッチャー!!」

必死でプッチャーに問いかける。

「俺は頂上まで行きたい。」

プッチャーは疲れきった表情で言った。

 

決して僕が余裕だったわけではない。

僕も疲れ切っていた。

でも、最後まで行きたかった。

頂上6088mを目指したかった。

 

「頼むルシオ、あと少しなんだ、俺たちは大丈夫だ!」

それでも、「ダメだ」というルシオは言う。

 

雪の急斜面に沈黙がながれる。

風の音だけが耳に残る。

 

少しして、ルシオが動いた。

 

ダメだった。

もう帰るのか…

 

そう思った時、ルシオはまた登り始めた。

ルシオは言った。

 

「行くぞ。

 

「ありがとうルシオ!プッチャー一緒に頑張ろう!」

そう言って三人は再び頂上を目指して登り始めた。

 

急斜面を登り切ったとき、先に頂上がみえた。

この先がゴールだ!!

もうすぐだ!!

そう思ったとき、自然に涙が出た。

 

なぜだろう?

まだ登りきっていないのに、

ありがとう、ありがとう、って。

 

ここに「今自分がいること」に心から感謝の気持ちが湧いてきた。

 

 

そこから先は本当に細い雪の道を、命綱一本で繋がれながら登る。

最初にルシオが登り、ロープを雪に固定させ、それから僕たちが登る。

 

ピッケルを刺しながら、一歩一歩。

 

そこから落ちればおそらく死ぬだろう。

 

経験もしたことのない道を一歩一歩。

 

少ない酸素を取り入れようと、肺が必死に動いている。

血液を全身に送り届けようと、心臓が必死に動いている。

 

息もますます荒くなる。

必死に息をするも、酸素が足りない。

身体には乳酸がたまり、おもうように動かない。

 

指先は氷のように冷たくなっている。

体力も限界に近づいている。

それでも、ゆっくりゆっくり進む。

 

一歩一歩。

 

 

そして、、

 

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僕は標高6088mの雪山の頂上に立っていた。

 

 

気付けば僕は泣いていた。

自然に流れる涙が雪に落ち、氷になった。

 

頂上についた僕たちを出迎えてくれるように、

雲の中から太陽が顔を出した。

太陽に照らされながら、共に登ったルシオとプッチャーと抱き合った。

 

何度も何度も言った。

「ありがとう。ありがとう」

 

頂上から見下ろす景色は

自分の周りの全てを包み込んだ。

 

感覚のない手足や、疲労を吹っ飛ばす達成感があった。

 

太陽に照らされる大地をしばらく見つめながら、

頭の中がからっぽになっていくのがわかった。

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標高6088mワイナポトシ登頂成功

 

そのときたしかに僕は「そこ」にいた。

 

ABOUTこの記事をかいた人

たこ焼きを愛し、世界中でたこ焼きを焼くために飛び回っているたこ焼き野郎です。世界中で金色の全身タイツや、ドラゴンボールのフリーザの格好で人を楽しませ、「クレイジー」と言われることに快感を得ています。現在ニュージーランドでたこ焼きを売るため、奮闘中!!

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